2011年10月30日日曜日

Cumba Mela

▼Negro Prison Songs - Rosie


これは、1947年の北米ミシシッピ州で録られた刑務所の黒人達が歌った労働歌(Prison work songs)だ。ロージーというのは女性の名前らしいのだが、繰り返されるコール&レスポンズと斧で木を切る音がリズミカルに鳴り響いている。専門的な研究によれば、労働歌の主な機能は労働に規則的なリズムを与えることだったという(そして、何よりも重要なのは肉体労働の辛さと単純労働の退屈さを緩和することだ)。そういう理由で、奴隷の雇い主は、奴隷が歌を歌うことを奨励していた。刑務所においても同様だった。プレモダンといわれる時代において、歌は、音楽は、社会的機能の産物だったのだ。

「アメリカの黒人労働歌の起源は奴隷制時代にさかのぼると言われている。どのようにして歌が生まれてきたのか定かではないが、労働に合わせて歌を歌うという習慣は、おそらく彼らの故郷であるアフリカからもたらされたものだろう。アフリカの音楽は、一般的に社会的機能をともなっている。葬式のための音楽、祖先の霊魂とコミュニケーションをとるための音楽、狩猟の成功を祈るための音楽などだ。社会生活の重要な一部として音楽活動は行われ、純粋に鑑賞のための音楽というのは、伝統的にはなかった。そんな中で、労働歌も彼らの生活の一部として、重要な役割を果してきた。」(『多民族文化としてのアメリカ民謡』立命館大学アート・リサーチセンター/アメリカンフォークソング保存プロジェクト)

この"ロージー"をクンバ・メーラCumba MelaというNYの音楽集団のクルーであるthornatoがクンビアとバルカンビートのリズムを取り入れてエレクトロ化したエディットが糞カッコいい。
Rosie Work Song (cumbia edit) by thornato

クンバ・メーラは、個人的に今年最高の音楽本だった『グローカル・ビーツ』で特集された“クラブ世代の民族音楽”に位置づけられる。世界の民族音楽をヒップホップ以降の感覚でエディットし、その多くをサウンドクラウドCumba Mela Collectiveで公開している。このインターネットを前提とした脱ローカルな流通形態の在り方もグローカル・ビーツらしい。また、同じニューヨークのBushwickBK紙がクンバ・メーラのことを取り上げている記事のタイトルが「 Global Local」なのは『グローカル・ビーツ』との同時代性を感じさせる。Thornatoの従兄であるAtropolisと2meloの3人が主要メンバー、アルゼンチンのデジタルクンビアZZKと近しい集団(クラブイベントも実際に共催したこともあるみたい)と思うんだけど、ZZKに比べると注目度はまだまだ低い。

ちなみに、クンバ・メーラ(Cumba Mela)という名前は、ヒンドゥー教の4つの聖地で12年に1度行われる祭=クンブ・メーラ(Kumbh Mela)から取られている。ヒンドゥー教の修行僧サドゥーがガンジス川に向かってチンコ丸出しでダッシュして沐浴する凄まじい祭典だ。


クンバ・メーラにしろ、ZZKにしろ、彼らには世界の民族音楽のバックグラウンドである社会背景や社会的機能はほぼ関係ない。必要としているのは、音楽としての純粋な強度、クラブ/ダンスミュージックとしての機能だ。そして、そういうポストモダンな感覚こそが、80年代のワールドミュージックとは違う新しいポスト・ワールドミュージックの現在なのだ。

坂本龍一がアフリカのマサイ族の前で演奏して、彼らに感想を求めたら逆に「これは何の為の音楽ですか?」と逆質問されたというエピソードがあるが、クンバ・メーラの音を聴いたマサイ族は言うに違いない。「祝祭のための音楽」と。

Petrona Martinez - Sepiterna (thornato rmx) by thornato

Thornato - Seu maya by Cumba Mela Collective

Pedro Ramaya Beltran - Soy la Cumbia (thornato remix) by thornato

Capoeira by thornato


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ブルースの歴史(bluesfan.jp)

Classic Of Glocal Beats(CD Journal・選曲/大石 始)

クンビア再評価ムーヴメントを牽引するZZKレーベル(CD Journal・取材/大石 始)

世界のクラブ・シーンで注目を集める中南米産音楽クンビアとは?(CD Journal・文/大石 始)

2011年10月29日土曜日

Dave Soldier

演奏する象である。

Thai Elephant Orchestra


デイヴ・ソルジャーDave Soldier関連の音源を最近よく聴いている。

ソルジャーは、このThai Elephant Orchestraというプロジェクトで、象専用の巨大な楽器を作り、タイの国立ゾウ保護センターで飼育されている6体の象を訓練し演奏をさせている(象は動物の中でも高い記憶力と知能を持っていて人の言葉を聴き分けれられるとも言われ、群れの仲間が死んだ時には葬式のような行動を取ることもあるらしい)。宇宙と交信していたサン・ラーのフリージャズも真っ青な、象だからあたり前なんだけど、人間を超越したフィールド・レコーディングの名作(「PHILIPPINES/Femmes artistes du lac sebu」など)を聴いてるような感覚になってくる。

アラン・ローマックス、ハリー・スミス、ヒュー・トレイシー、フランソワ・ジューファ、レダ・バジャダーレス...伝説的な音楽記録家や研究者の目的の多くは、文化人類学的なオリエンタリズムや民俗学的探究、偏執狂趣味などにあると思う(文字通りフィールドレコーディングとはフィールドワークだ)が、純粋な作曲家である(そして神経科学者でもある)ソルジャーの場合は、西欧の音階を逸脱した音の不確実性を録ること、そして単に記録するのではなくて、その不確実性を力ずくで再現することにあるように思う。

ソルジャーが南米グアテマラの北部の村(San Mateo Ixtatan)を訪れて、そこに暮らす原住民の子供や成人や老人も、楽器の経験がある人にも、そして全く経験がなさそうな人にも、演奏を教えながらフィールド・レコーディングしている『Yol K'u Mayan Mountain Music』もそうだ。これも本当に素晴らしい。
▼Yol K'u Mayan Mountain Music(レコーディング風景の映像)


フランソワ・ジェーファのネパール・フィールド録音作品『Katmandou 1969』がレッド・ツェッペリンの"カシミール"に影響を与えたという話(ジミー・ペイジ「俺とロバート(プラント)は,あの時期このレコードばかり聞いていたんだ」)や、ハリー・スミスの北米民族音楽集『Anthology of American Folk Music』がボブ・ディランの『Good As I Been To You』に影響を与えたこと(民族音楽の宝庫を生んだこだわりの男たち)はあまりにも有名だが、今でも、先鋭的なミュージシャンの一部は「不確実性」に魅入られたフィールド・レコーディングに大きな影響を受けていると勝手に妄想してる。

たとえば、ソルトレイクシティの作家Garrick BiggsによるStag Hare

そして、ボルチモアの民族トランスTeeth Mountain

大地の息吹が、太陽への讃歌が、世界の民族の歌声が聴こえて来ないだろうか?

ソルジャーの近しい存在としては、オランダのSWPレーベルのマネージャー兼ミュージシャンであるマイケル・ベアードMICHAEL BAIRDがいる。ヒュー・トレイシーのレア音源をリリースしながら、自身もアフリカのフィールド・レコーディングをモダンなダンスミュージックに昇華させている。
Michael Baird - Heritage Groove (from The Ritmoloog)(MP3)

ちなみに、デイヴ・ソルジャーは上記2作品以外にもたくさんの試みをやっていて、ニューヨークのハーレムに住む5歳~10歳の子どもたちにヒップホップをやらせてる「Da HipHop Raskalz」というプロジェクトでは、リリックを書いてるのも、楽器を演奏してるのも、ドラムのプログラミングをしてるのも、ラップしてるのも、なんと、全部、子どもたちなのだ。
Da HipHop Raskalz, Kickin' It Grade School
一歩間違うと、ヤラされ感ありありの子役バブルガム・ポップスになってしまうはずなのだが、子ども特有の無邪気さを規律で抑え込んでいないエキセントリックなリズムが癖になる(〇モ死ね)。

ここにも、不確実性という魔法が鳴ってる。

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高橋健太郎氏のアラン・ロマックス考
すごい面白いのでフィールド・レコーディングやワールドミュージック全般に興味のある方は必読。

shhhhhフィールドレコーディング脳内旅行(ecocolo 2010年11月号)
最新ミックスCD『Sol de Medianoche』でもニューカレドニアのメラネシア系先住民族のフィールド・レコーディング音源でラストを締めくくっていたDJ shhhhhさん。ソファーに座ってゆっくり音楽を聴いている時は決まって、この雑誌エココロの世界フィールド・レコーディング特集のページを繰っている自分。ひだまりで飛べる。

▼Stag Hareの3年ぶり最新アルバム「Spirit Canoes」

んんん~、天才。新緑のLSD。

▼Teeth MountainのLIVE音源
Teeth Mountain - Live @ Shea Stadium 12.18.09 by LiveatSheaStadium

Sun Circle

New Music Series in October #2: Sun Circle (Greg Davis, Zach Wallace) from Sound@Media on Vimeo.


凄まじい。
自作楽器と民族楽器で作りだす爆音トランス・ミュージック。
「サイコアコースティックのミニマリズムとサイケデリックのマキシマリズム」。

中心人物のグレッグ・デイビスは仏教に改宗していて、日本の奈良県・正福寺でのライブも行っている(観たかった!)。しかも、自身のライブの前座にはアニマル・コレクティブを起用していたり、ビーチハウスやアクロン/ファミリーのサポートメンバーも務めてたこともあるという。2007年にアクロンを脱退した元メンバーのRyan Vanderhoofは仏教への改宗が脱退の理由だったが、その年のツアーからデイビスが彼らのサポートに参加しているのは示唆的だ。

インド人宗教家マハリシ・マヘーシュ・ヨギの「トランセンデンタル・メディテーション Transcendental Meditation」(超超瞑想法)に、思想的にも音楽的にも大きな影響受けたビートルズのジョージ・ハリスンやビーチ・ボーイズのマイク・ラヴなどの歴史もあるように、欧米ミュージシャンが非西欧圏の文化に自身の音楽の可能性を見るのはよくあることだった。19世紀にインドネシアのガムランに影響を受けたドビュッシーの部屋には、葛飾北斎の「神奈川沖浪裏」が貼ってあった。グレッグ・デイビスが立っているのは、そんな歴史の連なりの先であるように思える。

GREG DAVIS interview
このインタビューでも、グレッグ・デイビスが影響を受けた音楽に挙げているエリアーヌ・ラディーグEliane Radigueは、70年代にチベット仏教の影響受けたドローンを作っているフランス女流電子音楽家である。


2000年代以降の北米/合衆国におけるサイケデリックなインディ・ムーヴメントを裏から支えている存在なのかもしれない。

音楽の歴史は繋がってる。

▼Greg Davis - At My Window(ビーチボーイズのカバー)


rist – Morning (Eternal Travelers Remix By Greg Davis)